学習者の既習語彙・文法と教師の指示の出し方について
―初級クラスの場合―

萩原由貴子

1.はじめに

 今年の夏の日本語教育実習には、実習生7名、学習者16名(入門クラス8名、初級クラス3名、中級クラス5名)が参加した。学習者の出身はアメリカ、イギリス、オーストラリアの3カ国で、全員英語母語話者である点は共通しているが、日本語の学習経験や学習方法は実に様々である。
 クラス分けは、事前に行ったアンケート調査と簡単なインタビューをもとに行った。まず、日本語の学習経験が全くない場合は入門、簡単なインタビューにスムーズに答えられる場合は中級、それ以外は初級というように大まかに分けた。しかし、例年と同様、初級クラスでは、入門に近いレベルから中級に近いレベルまで、学習者間のレベルの差が大きいことが問題となった。そのため、レベルの差が大きい各学習者の持ち味をうまく生かし、できるだけそれぞれのニーズを満たす活動をすることが、初級クラスの最大の課題になった。
実際に実習を行ってみて、日本語の学習経験、学習背景の異なる学習者に対し、全員にとってわかりやすい指示を出す難しさを痛感した。
本レポートでは、初級クラスにおける学習者の既習語彙・文法と教師の指示の出し方について、夏の実習の反省をもとに再検討する。

2.初級クラスの概要
2.1.学習者
 
 今年度の初級クラスの学習者は以下の3名である。

学習者

国籍

性別

学習歴

来日経験

備考

A

US

M

20009月〜12
5時間/週)

3週間

日本の文化に興味あり、韓国語学習経験あり、映画好き

B

US

F

1999年〜2001
3時間/週)+7週間

7週間

漢字や書道に興味あり、映画・スポーツ好き

C

AU

M

20002月〜11
5時間/週)

15ヶ月間

日本で英語指導経験あり、奥さんが日本人、演劇好き

 学習者Aは、日本語や日本の文化に興味があり、難しい単語を知っているが、文法がやや弱く、簡単な文が理解できないこともある。平仮名、片仮名は大丈夫だが、漢字は特に覚える必要性はないと考えている。授業態度はまじめである。
 学習者Bは、初級で習う文法を使って、進んで日本語を話してみようとする姿勢が見られる。わからなくなるとすぐに質問できる(日本語と英語半々)。漢字も積極的に覚えようとしている。性格はマイペース、集中している時とそうでない時の差が大きい。
 学習者Cは、日常会話が大体理解でき、話すことができる。しかし、文法は復習する必要がある。クラスのリーダー的存在である。
 上記のように、初級クラスの学習者の人数は少ないが、学習者間の日本語レベルに差があり、また学習者の個性も実に様々である。

2.2.実習生

 今年度の夏の実習では、昨年度に引き続き各クラス担任制を採用し、入門クラス3名、初級クラス2名、中級クラス2名の実習生がそれぞれ担当した。ただし、各クラスにおける授業の担当方法(日替わりor各課ごと)はクラスごと異なる。
 初級クラスは、各課ごとに授業を担当し、1課につき2コマ(1コマは50分)連続で受け持つことにした。この方針にした理由は、日替わり制(一日3コマ)では、担当者の負担が大きくなるため、また、初級用の教科書をもとに1課を2コマに分けて担当することで、進度の調整がしやすいと考えたためである。実習生は、自分が担当しない授業にも毎回アシスタントとして参加し、常に学習者と接して、レベルを把握するよう心がけた。授業後には反省会を開き、次の授業の課題を話し合った。

3.教師の指示の出し方と学習者の反応
 
 ここではまず、筆者の担当した課のうち、第2課、第8課の授業での教師と学習者のやり取りを振り返る。次いで、問題点をどう直したらいいか、改善策を考える。

3.1.第2課 注文をする(2002年8月16日2限より)
 
学習項目:これ・それ・あれ、Nは何ですか
授業の流れ:導入→教師が日本食の拡大写真をもとに、「これは〜です」を導入する。
口頭練習→学習者同士「それは何ですか」「これは〜です」の練習。
会話練習→テキストのL2のダイアログを練習。(見ないで言えるようになるまで)
 以下は、導入部分の教師と学習者のやりとりである。教師は拡大写真を見せながら、学習者に「これは何ですか」とたずね、「それは・・・」という答えを求めている。ここで教師は、「これは何ですか」「それは〜です」以外のQ&A以外に、第1課で学習した「XはYがすきです」の復習を取り入れながら、会話を膨らめようとしている。

――――――――――――――――――
T:見てください(写真を見せる)。
  これは何ですか?
S1:それはてんぷらです。
T:そうです、これはてんぷらです。
私はてんぷらが好きです。
S2さんはどれが好きですか?(写真を指差す)
S2:・・・(困っている様子)何?好き?
T:そう、好き。どれ?どれが好きですか?
何てんぷらが好きですか?
私はえびのてんぷらが好きです。これです(写真を指差す)。
S2:えび、好き。
――――――――――――――――――

 前の授業で、疑問詞「何」(「何がすきですか?」)の確認をした。しかし、教師が「どれ」という単語を使って質問したため、学習者が困惑している場面である。上記のやりとりにおける問題点は、教師が唐突に(一応、初級学習者にとっては既習語彙ではあるが)違う疑問詞を使用して質問し、さらに教師の方から具体的な名詞を指して答えさせる質問形式に変えてしまった点である。その上、Sの反応がよくないので、説明を加えようとし、さらに難しい質問(「何てんぷらが好きですか?」)をしてしまっている点も問題である。教師は、疑問詞を使った質問をし、学習者の答えを求めようとしているが、まだ授業に慣れていない初級学習者にとって、パターンプラクティスのような決まりきった答えを答える形式には対応できても、自由な答えを求められるような質問には、戸惑ってしまうようである。
 初級で一通り疑問詞を学習していたとしても、「何」がわかるなら「どれ」もわかるというわけではない。もし、授業中に教師が未習語彙を使ってしまったら、どう対処すべきか。例えば、既習の語彙で言い換える、または少し説明を加えたら理解できそうなものであれば、わかりやすい例文をいくつか提示しその場で教える、という方法が考えられる。このように、学習者の既習語彙を把握していないと、授業中、教師の指示が不適切であるために、結果的に学習者が何をすればいいのかわからなくさせてしまう可能性が大きい。特に、ドリルやパターンプラクティス等の自由度の低い練習を行う際には、ある程度、教師によってコントロールされた「流れ」が大切である。教師はどう指示を出したら一番学習者にとって理解しやすいかに配慮し、不適切な語彙を適切な語彙に置き換えたり、説明を加えたりする必要がある。しかし、経験の浅い教師の場合、その場で適切な説明をするのは容易ではなく、具体的に長々と説明をしようとすると、余計に学習者を混乱させてしまう可能性がある。このように、教師が使用する語彙が原因で授業の流れを止めてしまい、学習者を混乱させてしまう状況を作らないためには、学習者の既習語彙を把握しておく(今回のような実習における初級レベルで、一人一人の語彙を把握することは非常に難しいが)ことが重要であると思う。
 今回の実習では、教師が授業中に出す指示や質問によく使用し、且つ、日常生活においてよく耳にする「疑問詞」が、どの程度理解できるかを初めの段階で把握し、もしも疑問詞が十分に理解できていないようなら徹底して練習する必要があると思った。

3.2. 第8課 またあした(2002年8月22日3限より)
 
学習項目:形容詞及び動詞の過去形
授業の流れ:導入→Tが過去に経験したこと(旅行の話)を話す。
学習者はその内容についての質問に答える。
       ペアワーク→インタビューカードをもとに、相手に質問する。
       ペアワークのまとめ→結果を発表
       形容詞の復習→形容詞カードをもとに、自分もしくは他人のことについて文を作り、口頭で発表する。互いに質問させる(ゲーム形式)。
 以下は、導入部分の聞き取りの練習における、教師と学習者のやりとりである。

――――――――――――――――――
T:聞いてください。
いつ、どこで、何、何をしましたか、誰と行きましたか。
(中略)(←Tが自分の旅行の話を学習者にする)
では、質問します。いつ行きましたか?
S1:先月。
T:そうです。先月、一ヶ月前、うーん、7月です。
誰と行きましたか?
S2:友達と。
T:そう、友達と三人で。
どれくらい、いましたか?どれくらいサンディエゴにいましたか?
S3:・・・一週・・・か・・・。
T:一週間、くらいです。
サンディエゴはどうでしたか?どうでしたか?
S1:涼しい、かった。
T:そう、ちょっと涼しかった、涼しかったです。
じゃあ、海はどうでしたか?
S1:海は・・・。
T:海に行きました。海を見ました。海はどうでしたか?
S1:きれい、きれいでした。
S3:およ、およ、泳ぎました。
T:私は海で泳ぎました。それから、どこへ行きましたか、どこへ、行きましたか?
S2:メキシカン、メキシカンレストラン?
T:そうです。タコスを食べました。私は始めてタコスを食べました。
タコスはどうでしたか?
S3:辛い、から・・・
T:辛かったです。私は辛いのはあまり好きじゃありません。
S3:からい、きらい?からい?(S3、「辛い」と「嫌い」が混同している)
T:辛いは何ですか?(S1とS2を見る)
S2:(S2がS3に教える)辛い、スパイシー。
――――――――――――――――――

 初級クラスでは、疑問詞を使ってもっと自由な会話ができるようにするために、L3で急遽疑問詞の復習をする時間を設け、練習した(いつ、どこ、だれ、どれ、どちら、いくつ、どのくらい、どうして)。その結果、授業が進むにつれ、教師から学習者への一方的な質問だけでなく、学習者から教師への質問、学習者から学習者への質問が増え、中でも疑問詞を使って質問することが多くなった。
 上記に挙げた教師と学習者のやりとりは、実習最終日の授業からの抜粋であるが、初日に比べると、学習者は教師の質問の意図を理解し、ほぼ的確か答えを出せるようになった。早い段階で疑問詞を徹底的に復習したことで、まだまだ教師からの一方的なQ&Aの練習ではあるが、実際の会話でも応用できるような会話形式で練習することが可能になったと思われる。
 しかし、スムーズに疑問詞を使っての質問に答えられるようになった学習者に対し、教師は淡々と質問を続けている。聞き取った内容の確認という点では、短時間でQ&Aを繰り返すことは有効であるが、内容の発展性には欠けるやりとりになってしまっている。また、授業の流れを気にするあまり、学習者が答えを出し切るまで待ちきれず、言いかけた答えを教師が先に言ってしまうことが何度かあった。答えとしては正しい答えを出しているのだが、教師が学習者の発話を妨げては口頭練習の意味がないため、時には口を出さないで待つことも大切である。筆者は、単調なQ&Aになってしまうのを回避するため、また、クラスの雰囲気作りのために、Q&Aの間に、教師の思ったことや、質問内容に直接関係のないことを言うように心がけていた。しかし、タイミングが合わなかったり、未習語彙や文法を使ってしまうことがあり、かえって自分自身を焦らせてしまうこともあった。先に挙げた教師と学習者とのやりとりの中でも、比較的よくできるS1とS2にはわかっても、S3にとっては少し難しいという発話をしてしまっている箇所がある。この場合は、教師が説明するのではなく、すでにわかっている学習者に説明してもらうという方法をとっている。学習者間にレベルの差がある場合には、レベルの高い学習者をアシスタント代わりに使うこともできる。

4.まとめ
 
 実習が始まる前段階において、初級用テキストのシラバスをもとに、授業の計画を立てた。初級クラスでは、学習者のレベルの差があることを予め想定していたので、授業を進めていきながら進度や内容を調節し、初日から最終日にかけて、徐々に難しい文法項目や語彙、長い会話文、複雑なタスクを学習者に提示していく方針をとった。しかし、学習者が理解できる語彙や文法の量は一人一人異なり、しかもテキストの提示順になっているわけではないので、何がわかって何がわからならないのかを把握することが大変であると改めて実感した。例えば、先に挙げたような疑問詞が定着していないにもかかわらず、「Vたことがある」「Nが〜んです」「Vたほうがいいです」など、やや難しいと思われる文型が案外定着していたりすることもある。今回のような短期間の日本語コースにおいて、必要最低限の場面における日本語の会話を身につけてもらうためには、学習者のレベルと性格を早い段階でつかみ、数回しかない授業に生かしていく必要がある。よって、予定していたシラバス通りに授業が進まない場合が多々あり、最終的にはシラバスに従うより、普段よく使う便利な文型、当初予定していなかったがすぐに理解できそうな文型を、随時取り入れていった。初級クラス担当教師の一番の課題であった、語彙や文法の把握については、実際に話して見ないとわからないので、3.1.に挙げたような場面も出てきてしまうことは仕方のないことではあるが、その際にも、教師がゆとりを持って対応しなくてはならない。また、教師主導の授業ではなく、学習者のレベルの差や学習者の性格を生かして、授業を進めていくことも重要であろう。

5.終わりに
 
 本レポートでは、初級クラスにおける学習者の既習語彙・文法と教師の指示の出し方について再検討した。実習を通して、日本語のレベル差のあるクラスを運営していく事の難しさを知り、同時にいくつかの解決策も学ぶことができた。また、授業の前に入念に計画を立てたにもかかわらず、うまくいかないことが実に多い。初級レベルはこの程度であろう、と一方的な思い込みをしていては、実際の授業で対応できない場面が出てきてしまう。今回の実習で合計8回クラスを担当したが、毎回違う学習項目を教え、毎回違う学習者の反応を感じ取る経験ができた。今後は、この経験を生かし、学習者のレベル差及び教師の指示の出し方について、より柔軟な対応ができるよう心がけたいと思う。

 

 目次

 研究レポート一覧