テキスト改訂の留意点および『ともだち』の問題点

―ゼロ初級者用の場合―

谷 祐喜子

 

0. はじめに

 今回、ゼロ初級クラスでは前年度のテキスト『ひまわり』に改良を加え、ゼロ初級者用に新たに作成したテキスト『ともだち』1)を使用した。そこで本稿では、改良を加えた具体的な箇所とどのような点に注目して改良に至ったのかについて、また実際に授業で『ともだち』を使用していく中で明らかになった問題点について、考察していく。

 

1. 改良を加えた箇所とその際の留意点

1.1 目的・対象者

 『ひまわり』はゼロ初級クラスでも初級クラスでも使用されており、レベルの設定があいまいだと感じたので、ゼロ初級者用と初級者用それぞれ別のテキストを作成した。ゼロ初級者用テキスト『ともだち』は日本語学習歴がない学習者、日本語をはじめて学習する学習者を対象とし、1週間16時間(1コマ50分)という極めて短期間に日本語を学習することを目的とした教科書である。

 また、全員名古屋在住で、職場が学校であるということをふまえ、学校での使用場面や名古屋に根ざした場面を設定するよう志した。

 

1.2 各課の構成

 各課はDIAROGUE1,2VOCABULARY  WARDS USEFUL PHRASES GRAMMAR  NOTES REFERENCE RELATED  WORDS & PHRASESで構成されている。

 『ひまわり』では文法項目をまずGRAMMAR POINTSで挙げて,REFERENCEで文法を説明していた。しかし、GRAMMAR POINTSで挙がっているが、REFERENCEで説明のない項目があったり、GRAMMAR POINTSで挙がっていない項目の説明が突然REFERENCEにあったりと、わかりにくい面があった。また、ゼロ初級者にはその課で習うすべての文法項目について英語の説明があったほうがよいと考えた。そこで、『ともだち』では、GRAMMAR POINTSREFERENCE を一緒にして、GRAMMAR  NOTESとし、各課の文法項目とその説明を一緒に載せた。REFERENCEには、GRAMMAR NOTESの文法項目ほど重要ではない、あるいは授業内で扱わないかもしれないが関連のある文法事項の説明を載せた。

 DIAROGUEで会話をしているウェイターや駅員、通行人などの意味が載せられていなかったのでVOCABULARY  WARDSに合わせて載せた。

 

1.3 シラバス

 事前のメールでのアンケートや1年以上日本で生活しているAETに対して行ったアンケートの結果から、学習者が何を求めているか、日常生活において何が必要かという、ニーズ分析を行った。それをもとに場面や表現などに改良を加えた。学習してほしい内容はたくさんあるが、多くの学習内容を含み過ぎることがないように文法項目・語彙・表現の見直しを行い、最低限必要な文法項目と現実の発話に近い形でできるだけ簡単な表現を選んだ。期間と学習者のレベルを考え、ゼロ初級の学習者が負担に感じることがないように考慮した。

 

1.3.1 場面

 1年以上日本で生活しているAETに対して行ったアンケートで、多くの学習者が郵便局や銀行で日本語を使う機会が多いと回答した。また、2000年度のコースに参加したAETに対して、役に立った項目について聞いたところ、「おれいをいう」が少なかった。そこで、第7課「さそいとことわり」を「てがみをおくる」に変更した。また、第8課「おれいをいう」はさそいとことわりの表現もカバーしつつ、職場でよく使われると思われる帰り際の表現を提示できるように「また あした」に変更した。

 

1.3.2 文法項目

 追加した項目

  Hai,~desu./Iie,~ja arimasen. (1)  N onegaisimasu (2)  adjective-no (3)  Nan-ji~? (5)  Nan - ? (7)  node (8)  V-te kudasai (8)

(  )の数字は『ともだち』の課。

 削除した項目

  arimasu ka ? (2) itsu (5)  –tai n desu (6)  kara (7)

  *(  )の数字は『ひまわり』の課。

 

1.4 各課の内容

Lesson1 じこしょうかい

 文法項目「はい/いいえ」を「はい、〜です/いいえ、〜じゃありません」に変更した。確かに、「佐藤さんですか」という問いに対して、「はい/いいえ」だけで十分返答できるし意味も伝わる。ゼロ初級者には最も簡単な表現なのでよいかもしれない。しかし、この課で語彙として挙げられている「−さん」「−せんせい」について自分自身にはつけないことを説明し練習するためには、「はい、〜です/いいえ、〜じゃありません」の形を導入した方がよい。また、Lesson2で、ダイアログを一部変えた結果「〜じゃありません」が出てくるので、ここで導入しておく必要があった。

 

Lesson2 ちゅうもんする

 実際に遭遇することが多いと思われるレストランとファーストフード店の2つの場面を設定し、ダイアログを大幅に変更した。実際のファーストフード店の店員の発話は大変難しく、スピードもかなり速い。作成したダイアログは非常に簡単なもので、実際の会話からは掛け離れている。しかし、店員の発話が聞き取れなくても、注文する内容さえ伝えることができればよいと考えた。

 

Lesson3 かいものする

 文法項目「あります/ありません」の説明が不適切かつ不十分であったので、より詳しい説明を加えた。ダイアログ中の「しろいのはありません」に対する英訳は”We don’t (have white ones)”であるのに対し、文法の説明のところではThere is not a white.”になっていた。おそらく存在の「あります/ありません」を文法項目として挙げたかったのだろうと思うが、実際ダイアログにでてくる「あります/ありません」は所有を表わすものである。学習者が混乱する可能性が高い。そこで、「あります/ありません」の2つの意味についての説明を加えた。

 

Lesson4 みちをきく

 乗り物(電車・地下鉄・タクシー・バス)を使う場面での表現が必要であるというニーズに応えるため、地下鉄での行き方をきくという場面をDIAROGUE2として新たに設定した。名古屋の地下鉄の駅名・路線名なども語彙に加えた。地下鉄を利用している間に自然と覚える語ではあるが、すぐに役に立つ知識でもある。「〜へいきたいんですが・・・」という表現は、「〜たい」も「〜んです」もこの段階ではまだ導入しておらず、少々むずかしい表現であるが、道をきくにしても、乗り物での行き方をきくにしても、とても有用な表現であるため定型表現として導入した。

 

 

Lesson5 でんわする

 メッセージを残す場面を家に電話をする場面に変更した。しかし、メッセージを残す表現も取り入れた。文法項目に「いつ〜?」が挙げられていたが、「なんじ〜?」に変更した。「いつ〜?」はダイアログ中にも出てこず、説明もされていなかった。時間を導入する際に必要な表現として無理に入れている感じがした。時間を問う表現であれば、「なんじ〜?」でも問題はない。むしろ、「なんじですか?」と「なんじにおきますか?」の2つの表現ができ、後者は前課で導入した動詞の復習もできる。

 

Lesson6 ふちょうをうったえる

 ナ形容詞の説明で、過去の形はLesson8で導入することになっているにもかかわらず、過去の形を出している。ここでは、過去の形は出さないことにする。

 文法項目に「〜たいです」挙げられているが、説明がされていない。『ともだち』では、ダイアログ中にでてくる「やすみたいんですが・・・」「かえりたいんですが・・・」は定型表現として導入し、「〜たい」はLesson7で文法項目として取り上げ、説明を加えた。

 

Lesson7 てがみをおくる

 ニーズ分析の結果をふまえ、郵便局での場面を新たに設定した。文法項目が立てづらかったため、この課以前にでてきた「〜たい」の表現は定型表現とし、ここではじめて文法項目として導入することにした。「〜たい」について活用の仕方などの説明を加えた。

 

Lesson8 またあした

 さそいとことわりの表現も含みつつ、仕事が終り職員室をでる場面、家に帰る場面を設定した。

 Lesson7で扱えなかった文法項目「〜ませんか」「〜ましょう」をここで導入した。「から」のかわりに「ので」を導入した。新たに「〜てください」も文法項目に加えた。

 

きょうしつようご

 ゼロ初級の学習者に対して日本語だけで授業をする際には、教室用語を統一することが絶対に必要である。またなるべく簡単な表現にすることも必要である。そこで、『ひまわり』で挙げられていた「わかりますか」「しつもんありますか」は同じような意味であり、表現も難しいので、「だいじょうぶですか」の1語に代えて統一した。教師の「だいじょうぶですか」に対する学習者の答えは「はい/いいえ」で十分カバーできるため、「わかります」「わかりません」は削除した。実際の授業での導入の仕方を考えながら、順番も入れ替えた。

 

1.5 ローマ字表記

 DIAROGUEVOCABULARY  WARDSなどすべてひらがなで漢字は使わない。ひらがなの下には、ローマ字で読み仮名をつけた。ローマ字はヘボン式を採用した。

 『ひまわり』では長音にはバーをつけ、形容詞の語幹のみ分割するように統一していた。しかし、パソコンでの文書作成の後で手書きでバーを書きくわえていたため、つけ忘れが多く見られた。そこで、『ともだち』では、タイプミスを減らすため、また拍がわかりやすく、アクセントをつけることもできるという利点から、長母音、二重母音は重ねて表記することにした(eegokyooshiなど)。      

 助詞の表記「は(wa)」「へ(e)」「を(o)」、ヘボン式表記の「じ(ji)「ず(zu)」「つ(tsu)」「ち(chi)」「ふ(fu)」は間違うことが多く、校正の際には特に気をつけた。

                                          

2.1 『ともだち』の問題点

2.1.1 シラバス

『ともだち』は基本的には場面シラバスに比重を置いて作成された。しかし、文法項目に関しては初級レベルで必要な項目を構造シラバスになるよう配列し提示している。実際に教案を作成していくと、場面を重視するか、文法を重視するか葛藤が起こり、導入の仕方、会話練習の仕方などを考えるときに大変苦労した。

短期間コースでしかもゼロ初級で場面を重視するとどうしても定型表現が多くなる。ニーズに答えようと場面を重視するあまり定型表現が多くなって、文法項目を積み上げることができない(Lesson7)ということが起こった。

また、Lesson4で動詞を導入するのだが、ダイアログに出てくるのは「いきます」「のります」「おります」だけで、「地下鉄での行き方をきく」という場面では出てくる動詞は限定される。そのため、そのほか導入した動詞をダイアログに当てはめて練習することもできず、ただ説明を聞きといくつか動詞を覚えるだけで、会話の形での練習が難しかった。このように、文法項目として挙がっているものが、必ずしもダイアログ中に出てきているとは限らない場合が起こり、文法項目がダイアログに還元できずに孤立するということもあった。

 私自身今まで構造シラバス中心の授業を受けてきたため、どうしても構造シラバスに偏りがちになる。しかし、今回のコースの期間や学習者のレベルを考えると、場面シラバスがもっとも適している。場面シラバスと構造シラバスの折り合いをうまくつけるためには、ダイアログを作成する際に、自然さや機能ばかりを追究するのではなく、実際の授業での練習を想定し、導入した文法項目を用いた代入練習などが可能かどうかについても、配慮する必要があった。

 

 

2.1.2 ローマ字表記

 eegoと表記したものを[iigo]と間違って発音する学習者がいた。Englishe[i]に引きずられたためだと思われる。最初の授業で日本語のローマ字の発音の仕方を練習し、テキストでの長母音の表記の仕方についても説明しておく必要があった。

今回、ひらがなとローマ字を併記したが、実際ゼロ初級の学習者はひらがなをまったく見ておらず、テキスト全般ローマ字だけでもよかったのかもしれない。しかし、ローマ字だけにすると、日本語を勉強している気がしないだろうし、教師にとっては見にくいテキストになるだろう。

『はじめのいっぽ』『会話で学ぶやさしい日本語』『JAPANESE FOR BUSY PEOPLET』『げんきT』のローマ字表記について、見てみた。『げんきT』以外はどれも短期間で日本語を学習することを目的とした教科書である。『はじめのいっぽ』『JAPANESE FOR BUSY PEOPLET』はすべての課に、『会話で学ぶやさしい日本語』はLesson30まである中のLesson1〜10にだけローマ字表記があった。『げんきT』は第12課まである中の第1課と第2課にだけローマ字表記があり、「「会話・文法編」冒頭の「あいさつ」と第1課、第2課は、学習者の負担を軽減し自習を容易にするため,ひらがな・カタカナ表記とし、ローマ字を併記しました。このローマ字併記はあくまでも補助的なものですから、最初から頼り過ぎないように心掛けてください。(p.11)」という但し書きがあった。

 短期間にひらがなを覚えるのは不可能でもあるし、また学習者の負担を軽減するためにもローマ字表記は有効である。しかし、『会話で学ぶやさしい日本語』や『げんきT』が途中でローマ字表記を省略していることからもわかるように、やはり始めの段階からひらがな・カタカナ・漢字を使って学習することが望ましいようだ。コース終了後の学習者の日本語学習の継続を考えると、ローマ字だけではなく、やはりひらがなも書いておいたほうがいいだろう。

 

2.1.3  語彙表

 ダイアログに出てくる語彙はそれぞれのダイアログのボキャブラリーで載せ、関連語彙は各課の最後にまとめて載せた。しかし、実際授業の中では同時に導入されることが多い。語彙の意味を確認するのにページをぺらぺらめくって語彙を探し、それに時間がかかりリズムよく練習することができなかった。語彙は、まとめてリストにした方がよいと思われる。語彙リストには工夫が必要だ。また、リスト作成の際には、適当に語彙を並べるのではなく、導入する順番も考慮に入れて、並べ方を決めた方がよい。

 

3. おわりに

本稿では、2000年度テキスト『ひまわり』に改良を加える際に注目した点と、その具体的な箇所と、実際に『ともだち』を使用することによって明らかになった問題点について述べてきた。これらの問題を解決するには、テキスト作成の際、1課ごとに実際に教案を作ってみて、改良を重ねていくことが必要である。また、実習前ではなく、問題点が明らかになった実習後に改訂することができれば、よりよいテキストになるだろう。

テキスト作成に関わることによって、コース全体について考えることができたのは大きい。このコースは実質1週間という短期間で、学習者全員が英語母語話者で教師という、ある種特殊なクラスと言える。既存の教科書でその特殊なクラスのニーズに応えるのは無理である。その点で学習者のレベルやニーズをもとに自主制作したテキストを用いることにより、ある程度応えることができたのではないかと思う。

テキスト作成には多くの時間と労力を費やした。レイアウトの調整や誤字の訂正などの実際に内容とは関わらないような校正にもかなりの時間を費やした。その時間を教案の練り直しや、教材作成、模擬授業なのにまわせれば、よりよい授業になったかも知れないとも思う。

 本稿で述べた以外の問題点もまだまだ多く、不備もあるだろうが、今後のテキスト作成の際、少しでも参考になればと思う。

 

《参考文献》

斎藤信弘(1998)『テキストの問題点―98年度教育実習自主作成テキストから―』名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻

茅野直子他(1997)『会話で学ぶやさしい日本語』四刷 荒竹出版

国際日本語普及協会(AJALT)(1984)JAPANESE FOR BUSY PEOPLET』 講談社インターナショナル

坂野永理他(1999)『げんきT』The Japan Times

谷口すみ子他(2000)『はじめのいっぽ』第7刷 スリーエーネットワーク

 

 



1) ゼロ初級者用・初級者用どちらも『ともだち』としてしまった。『ともだち12』のようにレベルの区別を明記すべきだった。本稿では、特記のない場合、『ともだち』はゼロ初級者用テキストを指す。

 

 

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