実習での表記と学習者の発話に見られた特徴の考察

ゼロ初級クラスの場合

f地崇明

 

1. はじめに

 

 夏の実習はAETとして初来日する英語母語話者を対象に毎年行われている。年々、母国で日本語をすでに学習してきた日本語既習者の割合も増えてきているようであり、すべてのAETがゼロ初級者というわけではない。

今回の実習では、事前にEメール等で、来日するAET9名と連絡をとることができ、クラスを大きく中級・初級・ゼロ初級の3つに分けることにした。AETのうち、日本語を全く学習した経験のない学習者2名と、数年前に数週間の短期集中コースで日本語を学習した経験しかない学習者1名、過去に通年で日本語を学習した経験はあるが、かなり忘れてしまった学習者1名の計4名をゼロ初級者と想定して実習の準備を進めた。

 

2. 使用したテキスト

 

 今年度の実習・ゼロ初級クラスでは『ともだち』というテキストを作成し、使用した。このテキストは、前年度の実習で使用したテキスト『ひまわり』に、表現や、ディスコース、表記の面で、訂正を加えたものである。ゼロ初級の学習者を対象として作成したテキストであるため、表記はすべて英語の対訳とローマ字表記を併記した。

 ローマ字表記に関しては、以下のような規則の基に表記を統一した。

 

・長母音、二重母音は重ねて表記する。

ええ              “ee”       いい      “ii”         etc.

・撥音は、nで表記する。(母音の前では  を加える)                                     

・促音は、子音を重ねて表記する。

・ローマ字表記

じ  ji        つ  tsu  ち  chi

    fu       を   o                wa          

ちゃcha     ちゅchu  ちょ  cho

しゃsha     しゅshu    しょ sho

・各語(自立語・機能語)ごとにスペースを空ける。

・ハイフンは、接辞や序数詞の前、固有名詞とそれに続く名詞が密接に結び付いているとき使用する。

o-yasumi

Hachi-ji

Ichi man ni sen-en

Sakae-chuugakkoo

Tanaka-san

・大文字の書き方

  文頭、固有名詞人名、場所名、国名

 

3. 実習の目的

学習者が、このわずかな時間で得た日本語を、どのような場面で活用するのかといったことをまず念頭に置いた。ゼロ初級の学習者に約12時間という限られた実習時間の中で、簡単で発話時にあまり負担にならないような表現を考慮し、授業で学習したことを実際の生活で活用できるような指導を行うことを目的とした。

 本稿では、今回の実習を通して、以下の点を考察する。

・日本語発話の知覚と表記との関係

・音声面(単音・文)での学習者に見られた特徴

・表記の与える発話への影響

 

4. inputからoutputまでのプロセス

 

 ある言語で、テキストから情報を読み取り、あるいは話し相手から情報を受け取り、それに対する反応として発話するまでの過程はどうなっているのであろうか。

 Barbosa(1994)では、テキストから情報を読み取り、総合的方法 (METHODE DE SYNTHESE)でその情報が発話へといたる過程を以下の図のように述べている。

 

図1

 

テキスト   分析:シンボル化の作業   韻律・音声レベルでの記号化

        

分節音への一般化 韻律の自動一般化

               

調音記号   総合体  音声出力に必要な各パラメーターへの記号化  

          (Barbosa 1994 p.27より引用 和訳は筆者による。)

 

 

この理論を参考にすると、テキストから得られた情報は、視覚を通して、脳で直ちに分析、シンボル化(SYMBOLISATION)される。このシンボル化された情報は発話に必要とされる韻律・音声レベルで記号化(PHONETIC-PROSODIC TRANSCRIPTION)され、分節音と韻律で別々に一般化される。これらの音声情報は音声出力に必要とされる各パラメーター(音の長さ、高さ、大きさ)を決定する。これをすべての総合体として、各調音器官に記号として伝達するのである。

 一方、実際の生活では、書かれた文字よりも、むしろ会話などの音声情報を聞き取り、その音声を解読・分析することにより情報を得る機会の方が多い。音声情報は瞬時に消えてしまうことから、情報の素早い分析を短時間に求めるという点で、表記から得られた情報に比べ若干異なっていると思われる。

 今回の実習で観察された学習者の学習過程は、教師の発話から得られた情報を表記で確認し、発話する文を再度表記で確認し、その後発話するという反応が多く見られた。知覚した音を発音していくということについて学習者は常に不安を抱いている。そのため、母語で使用されている表記でその音を確認して、初めて発音の段階にはいることができる。

 つまり、教師の発話から入ってくる韻律・音声情報とローマ字表記から入ってくる情報が混在し、母語の音声情報を参照しながら発話に必要な音声情報を構築していくと推測できる。

 

 

テキスト   記号の解読と分析   情報    情報に対する  

音声情報                      学習者の反応

 


      学習者の母語の音声・表記に関する情報  テキストの表記    

 

 


音声出力に必要な各パラメーターへの記号化  伝達に必要な情報の記号化

 


総合体   調音記号

 

 

5. 単音のレベルで、学習者にみられた特徴

英語母語話者が日本語を発話する際、単音のレベルで問題となる点の傾向については、鹿島(1999)の報告のなかで以下の点が挙げられている。

 

1.長母音の短母音化、短母音の長母音化

2.子音の長さ(促音の短縮、普通拍の促音化)

3.連声(撥音の後続母音・半母音との融合)

4.ウの円唇化

5.短母音の二重母音化

6.ニ母音連続の二重母音化

7.母音のあいまい母音化[ə]

8.母音の置き換え

9.子音の置き換え

(鹿島1999 p.47より引用 順序は筆者が変更)

 

上記の傾向はいずれも、この実習中頻繁に観察された。

この問題点を大きくまとめると次の3点に集中される。

●日本語の「特殊モーラ」ができない。(1.2.3.)

●日本語の母音が正確に発音できていない。(4.5.6.7.)

●子音・母音の語中の配列がうまくできない。(8.9.)

 

5.1 「特殊モーラ」

 

 「特殊モーラ」に関わる学習者の問題は、英語母語話者に限られた問題ではなく、日本語学習者に共通して見られる現象である(鹿島2001、文化庁1976他)。日本語を話す際、この「特殊モーラ」を1モーラとして正しくカウントしなければコミュニケーション上、様々な問題が生じる。このような日本語の音韻的特徴を日本語学習者に指導する代表的な例としては、「特殊モーラ」を含む語のモーラ数を、手を叩きながらカウントしていく方法がある。実際に中林(1999)で用いた指導方法もこれにちかく、聞き取りで、「特殊モーラ」を意識させ、実際に学習者全員でリピートする方法を取っている。土岐・村田(1989)では、「特殊モーラ」を含む語を、リズム型を意識させながら手拍子させる方法(び よー いん(3拍) びょー いん 2拍)を指示している。この方法は、「リズム型の違いを示すことによって感覚的に特殊モーラの有無を理解・習得することが期待され」(鹿島2000 p.4)ている。このような教育リズムは、拍感覚によって、学習者に特殊モーラを意識化させるという意味で、大変有効であり、授業の初回だけでなく、体系化された音声教育をしていくことが大切である。

 一方、上記にも示したように、ゼロ初級を対象とした実習中の学習のプロセスは、音声と表記が一体になって進行することを考えると、この点での、表記の占めるウエイトはかなり高く、長音や促音、撥音をどのようにローマ字で表記するのかということも音声情報と共に重要であると思われる。

 今回の実習では長音を母音2つと表記することで、長さを2音節分とすることによって、あまり問題となるケースは多くなかった。

促音に関しては、使用した語彙中に促音の有無が意味の上で、違いを生むような語が少なかったこともあり、目だって問題となるケースは確認されなかったが、表記で子音2つを重ねる方法では、促音の音韻的な長さが学習者にはうまく伝わらない危険性が高い。

実習中には、連声の問題の他に、表記から影響を受けた誤用も見られた。ひらがな「ん」はすべてnと表記したため、実際には/jumbi/と発音される語も、テキスト上の表記はjunbiであったため、実際に学習者が発話した際、ぎこちなさがあった。

 

5.2 母音

 

母音に見られる問題点のうち、ウの円唇化や母音のあいまい母音化、短母音の長母音化は、英語のストレスアクセントの影響が大きいと思われる。実習中にも、学習者は各語中にストレスを置き、このストレスの置かれたモーラ(または音節)は聴覚的には長母音化していた。反対に、ストレスの置かれていない母音についてはあいまい母音化し、教師が理解できないケースがよくみられた。

これらの問題点は、ゼロ初級の学習者であった点を考慮すると、「強勢化が時間経時的に少なくなればこれらの誤りも必然的に減少していく」(鹿島1999 p.47)と推測される。

表記に関しては、実習の初回にひらがなを45分で導入したが、定着しておらず、学習者はローマ字表記で教師の発話を確かめていた。反省すべき点は、このローマ字表記の発音規則を導入していなかった点である。その結果、学習者は母語の規則に基づいた読み上げを繰り返していた。(例:eego → [i:go]、sore desu → [sorə dəs])

 

これらの誤用がみられる背景には以下の点が考えられる。

 

●教師の発話に含まれている日本語の音声・韻律情報を学習者が聞き取れていない。

●教師の発話に含まれている日本語の音声・韻律情報を学習者は聞き取れているが、その明確な役割がわからない。

●ローマ字、仮名のいずれの表記も韻律に関する情報は含んでおらず、学習者は、教師から聞き取った韻律的情報に確かな信頼を寄せることができず、母語の韻律的特徴を持ち込む。

 

 

5.3 子音・母音の語中の配列

 

 子音や母音の配列の入れ替わりや、中林(1999)や今回の実習でも見られた類似した子音の配列(ふたつ/ひとつ)の誤用は、語彙の定着度と密接な関係があるように思われる。鹿島(1999)の縦断研究でも、3人の英語母語話者は第1回目のインタビューで、子音・母音の配列を頻繁に間違えているが、第4回目のインタビューではこの種の誤用はほとんど現れていない。したがって、学習した語彙の定着度が高くなれば、この問題点は減少していくと思われる。

 

 

6. 文のレベルで、学習者にみられた特徴

 

文のレベルでみられた特徴は、単音のレベルのそれと密接な関係があり、文のレベルのみにみられる独立した特徴ではない。英語母語話者の日本語発話にみられる特徴については、以下の点が傾向として考えられる。

 

●高低アクセントの強勢化

●平板アクセントのむずかしさ

●借用語における母語の干渉

●疑問文の文末のピッチ上昇が文末に置かれている語のアクセント核に左右されない。

●談話のイントネーションでは、「句頭の立ち上がり[1]」が起こるとは限らない。

●プロミネンスの置かれた語は、高く、強く、長く発話される。

●句末はf0が上昇し、文末では低くなる。

                     (鹿島1999、杉藤1989参照)

 

 

以上の傾向を参考にして、以下の4点について考察した。

 

●外国語、特に英語からの借用語にみられた特徴

●ローマ字表記のスペースがもたらす影響

●日本語疑問文にみられる特徴

●句末のピッチ上昇

 

 

6.1 借用語

 借用語の問題点は、中林(1999)の指摘にもあるとおり、日本語のリズム、音節構造、アクセント、イントネーションとは異なった母語の音韻構造を基にした方法で生成される点である。今回の実習では、短時間に必要な表現を導入する観点から、多くの借用語を導入した。これらの借用語の多くは英語より借用した語彙であったことから、日本語とはかけ離れた方法で発音されることが心配されたが、実際には、第1課の自己紹介で学習者の名前にみられるような問題点のほかには、コミュニケーションに大きな支障をきたす発話はみられなかった。その原因としては、学習者の名前以外の、大部分の語は固有名詞ではなかった点や、ローマ字表記の影響などが考えられる。春の実習時に、大部分の学習者は、教師の発話をリピートしていく中で、意味や発音を理解・実践していき、あとで、表記で確認する方法を取っていた。一方、今回の実習者は、教師の発話を常に注意深く表記で確認して理解する方法を取っていた。アクセントやイントネーションなどの韻律に対する知識がなくても、英語と日本語で音節構造や音節数が異なることを表記で確認して、記憶することができた点は、良い反省材料であった。

一方、固有名詞にみられる問題については、学習者の氏名を1人づつローマ字表記せずに、教師の発話のみで、日本語の音韻規則に沿った発話を指導していた。この点は今後の反省材料である。表記の助けがあれば、学習者の名前も、日本語らしく発話できる可能性は十分にあるのではないだろうか。

 

6.2 スペースがもたらす影響

 

 テキストで用いた仮名表記とローマ字表記の書き方には多少のズレがあった。仮名は分かち書きであったが、ローマ字表記では、韻律語[2]ごとに1つのスペースをあけ示すことをせず、語の文法的機能を基にスペースを空けた。

例:Kore wa doo desu ka ?

    Pan o kaimashita node

 授業中、学習者はローマ字のみを追っていたので(初回の2回以降初級クラスへ移行した学習者を除く)、仮名表記の発話への影響はないものと思われる。各語(自立語・機能語)の文法的な役割を明確に示すために有効であるこの表記方法も、以下のような問題点がみられた。

●学習者は助詞の役割などがわからず、スペースの位置にポーズを挿入して発話する場面がみられた。

●スペースで区切られた語を一語一語強調したりする場合があった。

 

いずれのケースも、ゼロから日本語を学ぶ学習者にとって、どこからどこまでがひとつの単位として発話されるのかがあまりよくわかっていなかったようである。学習者は確かに教師の発話を注意深く聞いてはいたが、教師の発話を表記で逐一確認するなかで、アクセントパターンを含む韻律語の単位に混乱が生じたものだと思われる。今回の学習者のように短期に多くの便利な表現を覚えなければならない状況のなかでは、表記の面で、もう少し韻律面に配慮した工夫(韻律語ごとにスペースを空ける。韻律語を丸で囲む など)が必要であろうと思われる。

 

 

6.3 疑問文

 英語と日本語の疑問文には、文末のf0曲線において、顕著な違いがある。日本語母語話者の生成する疑問文の文末上昇ピッチパターンは、1種類だけである(鮎沢1992)。つまり、一語問い返し疑問文や疑問詞疑問文、Yes-No疑問文、選択疑問文の文末であらわれるピッチパターンは同一である。但し、日本語母語話者は、文中でも各韻律語に決められているアクセントを生かす傾向がある(杉藤1989)。そのため、動詞「たべる」をYes-No疑問文で聞いた例「たべる?」では、「た」から「べ」にかけてf0は上昇し、「る」で一度下降したのち、再上昇する。尚、「る」でf0の下降が生じてから、再上昇するために、この最終モーラの持続時間が伸びる。 

一方、英語母語話者は、疑問文を発話する際、文末に向けて徐々にf0を上昇させる。このような英語母語話者の疑問文にみられる特徴は、実習中の英語母語話者の日本語発話にも観察された。

この文末のピッチの上昇は、日本語のアクセント規則と深いつながりがあるため、習得が難しいものの1つであると思われる。

 

6.4 句末のピッチ上昇

 

 英語母語話者が、日本語を発話する際、頻繁に句末での上昇が確認される(杉藤1989、中林1999)。これは、文が完全には終わっておらず、話者の発話の継続を表す意図がある(杉藤1989)と考えられている。今回の実習中にも、比較的長い文でこの特徴が確認された。特に名詞を列挙していく文ではこの特徴が顕著に表れた。

例:Chiizubaagaa futatsu to poteto no esu hitotsu to  Koora no emu

 


hitotsu kudasai.

 

 この韻律上の問題は、以下のような方法を使って改善できる可能性があると思われる。

 

1.教師がボードにイントネーションの矢印を示すなどの表記上の工夫 → 視覚から

2.学習者がピッチ曲線の動きを手の動きなどをつかって体感する →体感

今回の実習のように限られた時間内で多くのことを導入しなければならない状況でも、これらをリラックスした雰囲気の中で、短時間に効率よく導入できれば、より「日本語らしい」発話に近づけるのでないかと思われる。

 

 

7. まとめ

 

 本稿では、単音・韻律のそれぞれのレベルにみられた英語母語話者の特徴を表記との関係から考察した。

 日本語学習者は、教師の発話のみを頼りに発話をしているわけではない。特に、実習に参加した日本語ゼロ初級の学習者は、得られた情報を母語の音声・表記に関する情報と照らし合わせながら学習を進めている(cf. 4.図2)。このような状況下では、表記の記述方法が大きな影響を持つ事は、前述したとおりである。

 以上の反省から、授業の開始前に、テキストや板書に使用する文字(ローマ字表記・仮名表記)や文字の間隔についての規則を明確にすること、又、その表記の仕方が指導に効率的かどうかを再確認する必要がある。さらに、日本語クラスの初期段階で、使用する文字の規則についての説明に1時間目を当てることは大変重要であると思われる。

 

 

参考文献

鮎澤孝子(1992)「日本語の疑問文の韻律的特徴」『日本語の韻律に見られる母語の干渉(2)』重点領域研究「日本語音声」D1班研究成果報告書:120.

鹿島 央(1999)「英語話者の日本語音声」『音声研究』第3巻 第3

―――(2001)『日本語発音教育への応用をめざした新しいリズム単位の音声的実現に関する基礎研究』平成9年度〜平成12年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))研究成果報告書 

杉藤美代子(1989)「日本語と英語のアクセントとイントネーション」『日本語と日本語教育第3巻日本語の音声・音韻(下)』明治書院

土岐 哲(1989)「中国人・韓国人・アメリカ人による日本語のイントネーションとプロミネンス」『日本語と日本語教育第3巻日本語の音声・音韻(下)』明治書院

土岐 哲・村田水恵(1989)『発音・聴解』荒竹出版

中林(1999)「実習での音声指導についての一考察-ゼロ初級クラスの場合-」『1999年実習報告書』http//www.lang.nagoya-u.ac.jp/~mohso/jisshu99/kaki/kerituko/html

Barbosa, P.-A. (1994) Caractérisation et generation automatique de la structuration rythmique du français, thèse de doctorat, université de Grenoble.

文化庁(1976)『日本語教育指導参考書1 音声と音声教育』

 

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[1] 句頭でf0が上昇する現象

[2]音韻的に決まっている規則的なF0変動のパターンにより実現される現象をアクセントパターンと定義し、このアクセントパターンを担う単位をここでは韻律語とする。