ミャンマーにおける日本語教育の現状

−マンダレーを中心に−

シュエ マン チュウ

 

1. はじめに

 

2001年8月10日から8月24日まで、母国ミャンマーのマンダレーで教育実習を行った。実習期間中、ミャンマーにおける日本語教育の現状を見ることができた。

 

2. ミャンマーの中の日本語

 

ミャンマーにおいて、日本語を話せる人は、1975年までは高年齢の人しかいなかった。第二次世界大戦中、日本軍が滞在していた時、日本軍から教えてもらったそうである。実は、筆者も、日本語を始めたのは184年で、上に述べた方法で日本語を学習したインド人とミャンマー人の2人の先生方から教えて頂いたのである。教科書は、教師本人が日本軍から教えてもらった時の教科書を使っていた。

最近では、若者の中にも日本語に関心を持つ人が増えて来ており、日本語を学習する者も多くなっている。現在、ミャンマーの人口の 10万人に3人が日本語を学習していることになる。

 ミャンマーにおいて、日本語を学習できるところとしては、二つの国立の外国語大学、幾つかの民間の日本語学校、また個人の塾などがあげられる。個人の塾における教授内容や指導法は満足できる状況ではないように思われた。

 ミャンマーの書店などにも、外国語の学習教材として、英語の本は数多く見られるが、日本語に関する教科書や辞書などは見られず、15年前と変化がなかった。

 

3. マンダレーの日本語教育

 

  マンダレーは、ミャンマーの第二都市である。ミャンマーの古い都(日本の京都)である。マンダレーには、現在、日本語学習者数は、300人ぐらいだと予想される。マンダレーで、現在日本語を学習できるところとして代表的なところは下記の通りである。

 


3.1 マンダレー外国語大学

 

  マンダレー外国語大学は1998年に設立、ヤンゴン外国語大学の付属であり、マンダレー大学のキャンパス内にある。マンダレー外国語大学では、日本語を含めて、7カ国の外国語を学ぶことができ、LL教室などの設備も整っている。ミャンマーでは、2番に大きい外国語教育の場である。

 

3.1.1 教員

  マンダレー外国語大学の日本語学科には、教員は13名いる。そのうち、2名は国際交流基金の研修を6ヶ月または9ヶ月受けている。「Visiting Professor」として、日本人の教師も1名いる。

 

3.1.2 学習者数

  マンダレー外国語大学での、各外国語学科の学生募集人数は50人までであるが、日本語学科は50人を越え、80人も希望者がおり、一番多いそうである。

 

3.1.3 クラスについて

  クラスは、B.Aクラス、Full Timeクラス、Part TimeクラスやH.R.Dクラス(Human Resource Development)と4種類に分けられている。

B.Aクラス → 20時間/週、3年間

Full Timeクラス → 20時間/週、2年間

Part Timeクラス → 10時間/週、4年間

H.R.Dクラス → 10時間/週、2年間

 

3.1.4 教科書及び教授法

  マンダレー外国語大学の日本語学科では、すべてのクラスで同じ教科書を使用している。音声の教材としては、カセットテープのみが使用されている。現在、使われている教科書は、ローマ字表記の「日本語読本 1」、「日本語読本 2」(日本語学習書、国際学友会日本語学校編)という教科書である。

  教授法は文法理解と目標言語を母国語に訳す学習活動を重視した教授法である「文法訳読法(Grammar Translation Method)」を使用している。板書したものを書き写す作業が多く、習得の効率が悪くなるのではないかと思われる。

 教師のほうもほとんどが非日本語母語話者で日本語能力2級レベルであるため,教師側も担当以外の部分は説明できない状況である。

 

3.1.5 他に気付いた点

 マンダレー外大の日本語学科では,日本人の教師は2000年7月から2001年6月までいた。中級クラスを週3回担当していたそうだ。学習者は、初級クラスではミャンマー人の教師に教えてもらい、ミャンマー人の日本語の発音に慣れていたため,中級クラスで母語話者の日本語の発音を聞き取れないという問題が起こったそうだ。

 実際にマンダレー外大日本語学科修了生と日本語で会話をしてみたところ、彼らの発音は大変聞き取りにくかった。また、筆者が話している日本語が聞き取れていなかったのも,残念である。

 マンダレー外国語大学の日本語学科では,辞書や参考書なども見られなかった。外国語を身につけるために適当な環境になっていないのは明らかであった。色々な面から見直し,改善する必要がある。

 

3.2 ひとセンター

 

  ひとセンターは1997年に設立、マンダレーY.W.C.Aが大阪Y.W.C.Aと共同で運営している。マンダレーで、唯一、日本人教師が教える日本語の学校である。

 

3.2.1 教員

  ひとセンターでは、担当教師が定期的に2名いる。滞在期間は、6ヶ月間であるため、6ヶ月で入れ替わる。教師たちは、宿泊や食事代が支給されており、日常生活や社会参加など自由にできず、マンダレーY.W.C.Aがコントロールしている。マンダレーY.W.C.Aの許可なしで、一切行動できないそうである。そのため、ひとセンターの教員や学習者との接触を図りたかったが、無理だった。

 

3.2.2 クラスについて

  ひとセンターでは、初級T,U、中級T,U、上級T,Uに分けられており、各クラスで一日2時間、週5回の割合で授業が行われている。

 

3.2.3 教科書及び教授法

  ひとセンターで使用している教科書は下記の通りである。

初級T → 日本語(第一課 ~ 第六十課)「著者、出版者など、無記載」

初級U  →「日本語1・2・3(下)」  アルク、ALC Press

中級T,U→ 「テーマ別中級から学ぶ日本語」 研究社

  ひとセンターでは、これまで、上級T、Uのクラスを開設したことがない。なぜなら、最初の初級クラスで学習者が35名ぐらいいたとしても、クラス終了時には、10名程度しかいないからである。初級の段階で、直接日本語で教えられて、学習者が恐怖感を抱き、やめてしまうケースが多いそうである。さらに、中級レベルに上がる学習者は10人しかなく、中級終了後は2人しか残らない状況なのである。

 そこで、ひとセンターの規則で1クラスに最低5名と決められているため、中級終了者が希望しても、5人以上いない場合は、上級クラスを開設することができないのである。そのため、上級クラスを希望していても、授業を受けられない学習者もいる。

 教授法は、日本の日本語学校と同様な教授法を使用している。内容も充実し、良い効果を上げている。確かに、ひとセンターの初級修了者は発音も良く、自然な日本語運用能力が身に付いていた。

 

3.2.4 問題点

  ひとセンターでは、担当教師が半年しか滞在できない。ある教師が6ヶ月間担当したクラスの学習者は担当教師の得意の分野が強くなっているそうである。初級修了後、中級クラスの学習者間で得意な項目が異なっていることがある。

学生を募集する方法として、「優秀な学習者は、日本へ留学させる」という宣伝方法を用いたが実行しなかったそうである。

 

3.2.5 ひとセンターへの評価

  ひとセンターへの評価としては、日本人教師が教えるため、正しい発音が身につき、聞き取りもできるようになること、正規の日本語教授法で教えるため、短期間で効果が上がること、そして、日本語能力試験を受けるための準備コースが受けられることなどが、一般的にあげられている。

 

3.3 Center of Languages Donation

 

  33歳の御坊さんが1996年に始めたボランテイアの日本語学校である。マンダレーの郊外の僧院の中にある。日本語以外に、フランス語も教えているそうである。個人の塾として、有名である。

 

3.3.1 クラスについて

  クラスを二つに分けて週3回、一日1時間半ずつ、教えている。

 

3.3.2 教科書及び教授法

  使用されている教科書は「みんなの日本語」や「新日本語のきそ」である。教授法は、教科書から書き写して、意味を説明する程度である。1年ぐらい学習した学習者に話してみたが、ほとんど成果が見られない。

 


3.3.3 教師について

  御坊さんは独学で、日本語の学習をしている。学習方法は、ミャンマー人が書いた日本語の会話の本やテープから始まったそうである。会話の本やテープの内容を暗記し、日本人の観光客がよく来る「マンダレー山」へ行って、会話の練習をしたそうである。

教師の御坊さんと実際に日本語で会話したところ、発音にも問題が見られ、また、筆者が話す内容を完全には理解していないことがわかった。

教師の御坊さんに、日本語を教える際困難なことについて聞いてみたところ,漢字の教え方が一番難しいと言っていた。

 

4. おわりに

以上が、ミャンマーの第二都市であるマンダレーにおける日本語教育の現状である。国の教育は政治的・経済的など他の色々な問題と関連しており、今のところ、ミャンマーの日本語教育の発展や改善の兆しは見えず、まだまだ、時間がかかるのではなかろうか。

 

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