「レベル差があるクラスへの対処」に関する一考察

馬場 典子

0.はじめに
 筆者は2000年度のAET(Assistant English Teacher)への夏期教育実習に参加した。学習者のクラス分けは、事前に行ったQuestionnaire(書式解答)及びインタビュー(口頭解答)の結果を基に行ったが、その内、ゼロ初級と中級クラスの中間に当たる「既習クラス」が結果としては一番レベルに幅のあるクラスとなった。筆者はこの既習クラスを2コマ担当したが、3名(初回授業では4名)の少人数で、実質的にはかなりのレベル差が感じられた。この小論では、実習中の学習者の反応および実習後の学習からのアンケートを基に、「レベル差があるクラスの教室活動」の問題点と対処法について一提案を示す。

1.先行研究
 先行研究に関しては、管見の限りでは、「レベル差のあるクラスの教室活動」に関する報告は見られない。しかし、初級レベルのクラスに留まらず、どのレベルのクラスにおいても、日本語教育のあらゆる現場において「レベル差」は存在すると思われ、教壇に立つ教師は日々その問題に直面していると言って過言ではないだろう。

2.実習報告−授業の実際と各学習者の反応-
2−0.各学習者のレディネス(注1)及びニーズ分析

 まずはじめに各学習者のレディネスとニーズを簡単に紹介する。尚、初回授業時(2000.8.7)には学習者は4名であったが、その後1名の学習者からクラス変更の申し出(後に中級クラスへ変更)があったため、2回目の授業は3名である。よって本論では残りの3名への観察を中心に話を進める。

@学習者A(オセアニア、男)
 高校で学習歴2年(1週間に2時間との回答。一年26週と想定し104時間程度)来日 2度目。ひらがなもところどころ発音を間違え、読めない字もある。カタカナはほとん ど読めない。「日本語をどの様に使いたいか」に関しては「将来的にはビジネスで使  える様になりたい。友人と日本語で話せる様になりたい」と答えている。また、4技能 のうち、「聴解と会話」を練習することを希望している。

A学習者B(北米、女)
 3年前に学習(1週間に4時間との回答。6ヶ月で96時間程度)来日2度目。ひらが なは読めるがカタカナはほとんど読めない。フランス語学習歴あり。日系で、家庭内で は両親同士は日本語で話している。学習目標は「人前で自信を持って話せる様になりた い」と回答。また4技能については「会話・漢字(読み・書き)」と回答し、語彙数  を増やしたい希望も持っている。

B学習者C(オセアニア、女)
 大学で3年間。(1週間に5時間と回答。一年26週と想定し390時間程度)初来日。ひ らがな、カタカナは全く問題なく読め、簡単な漢字も読める。学習目標は「仕事で使え る様になりたい。友人と話せる様になりたい。」4技能では「会話と漢字の読み書き」 と返答。

 Aは聴き取り能力は低く、自分の名前以外ほとんど聴き取りは困難な様であった。文字理解力も余りなく、インタビュー時の能力と本人の自己能力評価にはかなり差があると感じられた。しかし適応力はかなりあり、積極性も感じられる。Bはいつも日本語を聞く環境にあるが、内気な性格と見受けられ、聞き取りにも少し自信がない様に思われる。それに対しCは高等機関で集中的に学習しており、しかも学習を終えてから来日が間もないため、定着度がかなり高い。能力的には、初回授業後に中級クラスに変更した学習者(ここでは暫定的に「D」とする)とほとんど同じ能力がある様に見受けられたが、Cはクラスの下の方で何とかついていくことよりも、自分の能力が十二分に発揮できるクラスでのびのびと授業に参加することを好む性格の様である。
 総合的に見て、AとBには能力的な差は余り感じられないが、Cとの間にはかなりの能力差がある。また聴き取り能力に関しても、Cは突出して優れ、AとB(特にA)はCから母語(英語)による通訳をほとんど随時受けていた。

2−1.シラバス

(1)第1回目(2000.8.7実施)「自己紹介」
「はじめまして。私の名前は○○です。◎◎(国)の△△(地名)から来ました。英語の教師です。趣味は◆◆です。どうぞよろしくお願いします。」を言えることが目標。

●一文ずつ練習する。名前や国名・地名は、英語の発音でなく、日本語で発音できるよう に、カタカナで板書したものを読みながら練習。
●一通り言える様になったら、「お名前は」→「(私の名前は)○○です。」、「お国はどち らですか」→「◎◎です/◎◎から来ました」のような5W1Hのやりとりで練習。  また、「○○さんは日本語の教師ですか」→「いいえ、英語の教師です」のような、Yes-No  Questionでの返答も練習。
●お互いの自己紹介をしあう練習。最後に実習生や教育委員会の先生の前で実際に自己紹介をする。

(2)第2回目(2000.8.11実施)「電話をかける、電話を取る」
 テキスト「あさがお」及び実習前に実習生の作成した「電話」に関する表現や会話を基 に「勤め先の学校へ電話して休みを伝える。勤め先の学校の英語の先生にメッセージを 残す。留守番電話のメッセージをきく。留守電にメッセージを入れる。」を練習。

●「導入」として「教室の中に□□がいる(生物)/ある(非生物)(例外:花がある)」
 「□□はありますか」→「はい、あります/いいえ、ありません」
 「△△さんはいますか」→「はい、います/いいえ、いません」を練習。
●「もしもし」「AETの○○(名)ですが。」のような、電話会話に必要な表現を練習 また、「××先生いらっしゃいますか」「..とお伝え下さい。」のような相手の人に対 する(必ず必要な)丁寧な言い方を練習。
●電話番号の言い方「052−(ぜろごーにぃーのー)...」を練習。
●表現に慣れてきたら、筆者と学習者でペア練習。後に学習者同士でペア練習。
●日本語の留守番電話(録音)の一般的な型をきいてもらい、慣れてもらう。内容を口頭で英語訳。
●どんな感じで留守番電話にメッセージを入れるか、例(録音)を聴いてもらう。用意し た場面(例:明日○時に学校で会議がある)を練習し、慣れたら、実際に 留守番電話 にメッセージを入れてもらう(録音する)。それをもういちど後で聞く。

2−2.授業の実際と学習者の反応
(1)第1回目
 インタビューで想定したレベルより、実際のレベルがかなり高く、余分に準備した練習も約半分の時間で終わってしまい、後半は雑談形式の話し合いにした。Cには簡単すぎる内容に思えたが、後半では楽しんでいてくれた様であった。コースの最初の授業だったこともあり、また必ず必要な「自己紹介」と場面的シラバスだったので、特に学習者からの不満は感じられなかったが、この時点で学習者CはやはりかなりA、Bよりレベル差があることが改めて確認できた(話し合い中もA、Bの通訳をしてくれていた)。Cはカタカナを問題なく読め、(これは来日前にすでに習得していた能力であるが)カタカナ発音が流暢にできる。それに対し、A、Bは板書したカタカナが読めず、発音も英語の発音から脱することが困難であった。しかし、自分の名前や国名・地名などをカタカナで見たり、書いたりすることのよい練習になったと思う(各自メモを取っていた

(2)第2回目
 一回目の授業の教案不足を反省に、「電話をかける。メッセージを残す」などの場面的シラバスを準備した。場面的シラバスの長所は、構造的シラバスとは異なり、生活に必要な場面に焦点を当てて学習することにより、学習後その場面に遭遇すれば即使用できる点である(田中(1988:91))。伝達手段は多様化(メールなど)してきているが、「電話」は今もって重要な伝達手段であり、殊に外国語で顔の見えない相手に音声だけで用件を伝え、情報を聴き取ることは学習者にとって容易ではない。また精神的プレッシャーもある。そしてまた「電話での応答」の中でも「留守番電話」は日常よく使われるケースである。学習者には、いきなり日本語の留守電メッセージを聞いても聞き取れない可能性もあり、また限られた時間内に日本語でメッセージを入れるのはかなりの緊張を伴うと思われた。  授業はA、Bに焦点を当てたものにするとCには退屈になるので、会話練習も少し長めにし、Cを中心に進めた。Cは積極的に授業に参加し、A、Bへの説明(英語)も必要に応じてしてくれていた。しかし、会話自体が少し長く、丁寧語も入ったりと、新規な要素が多かったので、A、Bには負担が大きかった様であり、最後までテキストから目を離せ
ずにいた。もう少しテキストなしで話せるまで練習するべきだった。

2−3.授業外で
 学習者Cはインタビュー時及び第1回目の授業後半のディスカッションで、「漢字が勉強したい」との希望を強く持っていることがわかったので、2回目の授業後に「日本語能力3・4級対策」の漢字のプリントを渡した。授業中に少しでも扱えるとよかったのだが、A、Bとのレベル差を考えると、授業中での実施はやはり困難であった。

3.学習者のアンケート(実習終了後)から
3−1.コース全体について

 コース全体については「3人なので個人授業のようでとてもよかった」「授業がよく準備されていた」「楽しかった(この部分のみ漢字表記)」という、概ね良好な意見が寄せられていた。

3−2.担当授業に関して
 筆者担当の「自己紹介」は3名ともA判定(A〜Eの5段階判定で、Aが一番評価が高い)であった。「自己紹介」(第一回目)の授業はコース初めの授業でもあり、初日授業後の歓迎会でも実際に使用でき、その意味では場面的シラバスの長所がよく活かされていた様に思う。学習者も日本で多くの日本語母語話者の前で初日に日本語を披露できる機会を得、満足度も高かったと思われる。これに対して「電話をかける」では、1名がC判定(残りの2名はA判定)で、「電話の場面は多様であり、その様々な場面を紹介すべきだった」と答えている。この意見がどの学習者から出されたのかは定かではないが、もしAまたはBであったなら、もっと様々な状況設定(例:ホストファミリーに電話をする。日本人の友だちと遊びに行く約束をする)を考えるべきであったかもしれない。インタビューでは、学習者から「「電話」をすることに困難を感じる」との意見が多く寄せられていたことを受け、実習前に実習者間で話し合いをした。その際、「既習クラスの学習者が実際AETの仕事をする時、電話の会話でまず何が必要か」を想定し、その結果、2−1のシラバスの概要が決定された。筆者はこれを基に実習を行ったが、学習者側の「電話のやりとりで何を練習したいか」というもっと具体的な質問をしておけば、もう少し学習者のニーズに答えられたかもしれない。また先ほどのアンケートがCから出たものであれば、
もう少し内容を複雑にしたり、状況設定を多様にしてロールプレイなどをした方がよかったかもしれない。

4.問題点のまとめ−「レベル差」にどう対処すべきか−
 それでは今回のような「レベル差」のあるクラスで、学習者全員がのある程度納得できる教室活動にするにはどのような方法があるのだろうか。どのレベルに照準を合わせるかで意見が分かれるところではあるが、筆者は過去の実習報告(注2)及び今回の実習と反省を基に、「レベルの高い方」の学習者に配慮した以下の方法を提案したいと思う。

<提案1−レベルの高い学生が少数名(1〜2、3名)の場合−>
 今回の実習の様に、明らかにレベル差が感じられる学習者が少数名いる場合は、その学習者を「教師のアシスタント」的立場におき、教室活動をサポートしてもらう。例えば筆者が時々、学習者Cに頼んだ様に、母語で他の学習者に説明してもらう。また、掲示物があるときはそれを手伝ってもらったり、キューのカードを見せる役、会話練習の例を示すのに相手役、等々である。むろんこの場合、その学習者の性格を考慮の上で決定する。例えば、自分だけ特別な役割を与えられるのに抵抗があるような人にはかえって逆効果である。その様な場合は、「サポート役」はさせずに、その学習者にだけ「+α」の練習をさせる。パターン練習なら、部分的に難易度の高いキューを与えたり、拡大練習なら他の学習者より少し長い文を練習させる、等である。

<提案2−レベルの高い学生が複数名の場合−>
 レベルの高い学生が複数名いる場合は、基本的な考え方は提案@と同じだが、複数名いるので、交替でその学習者達に教室活動をサポートしてもらうことが可能である。またクラスを2つに分けての会話練習の際には、それぞれのパートに入ってもらい、コーラスをリードしてもらうこともできる。またロールプレイではレベルの高い学習者同士でしてもらうことも、また平均的レベルの学習者と組んでリードしてもらうことができる。

 当然のことであるが、どちらの提案においても平均的レベルの学習者達の学習意欲を削がぬ様配慮し、あからさまにレベルの高い学習者を特別扱いすることは避けるべきである。
また繰り返しになるが、学習者の性格を言動などから注意深く観察し、その学習者に合った方法をとるべきである。
  
5.おわりに
 今回の実習では、実習者がいろいろなクラスを担当することを目的としたため、各クラスの担当は最高で2コマということになった。しかし日本語教育の現場では、1クラスを集中講座でも数週間、通常の教育機関では半年、1年というタームで担当することになる。この様に長期のクラス運営では、上で述べた学習者の性格、能力などを十分観察し、それを活かすことができるはずである。
 また授業の実践と共に、今回十分に検討できなかった他大学等の実践報告を検討し、その結果や成果を積極的に教室活動に反映させてゆく必要があると考えている。

【注】
(1)ここでいうレディネスとは、目標言語の既習能力のみを指すものではなく、その学習者の一般的な知的能力やほかの外国語学習経験の有無など、「外国語学習に影響を  あたえるすべての要素」(田中(1988:69))を指す。
(2)蓮池(2000)では、中級クラス(5名)に1名のレベルの落ちる学習者がいたこと、その本人から(難から易への)クラス替え希望がなかったことからそのまま中級クラスに参加させていたと報告されている。このケースは本論とは逆のケースではあるが、「レベル差の拡大」は他の学習者の不満を招き、クラス運営に支障をきたす恐れがあることが指摘されている。

参考文献
田中 望(1988)『日本語教育の方法』pp.69-209. 大修館書店
蓮池いずみ(2000)「中級クラス運営上の問題点」『1999年度日本語教育実習報告』名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻(URL:http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~mohso/jisshu99/kaki/keizumi.html)


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名古屋大学大学院国際言語文化研究科
日本言語文化専攻