「テキスト会話に望まれる『フォローアップ』発話」

山本三和子


 この小論では、本実習のオリジナルのテキストに掲載したモデル会話を題材とし、その自然さの一側面について検討する。具体的には、各課のダイアログの特に終結部に注目し、「フォローアップ」発話の必要性について考察する。

 

1. 「フォローアップ」発話とは

 発話の連鎖である談話の基本的な構造を解明する研究は従来数多くなされてきたが、ここではCoulthard&Brazail(1992)の見解を援用する。Coulthard&Brazail(1992)は、発話交換("exchange")の典型的な構造について、以下のように述べている。

・・we want to argue that all eliciting exchanges have the potential of a three-part structure, while accepting that a two-part realization may, and in the case of polar responses often does, occur.(p.66)

・・質問("eliciting")を含む全ての発話交換は、実際には二部で実現することも確かに認められる―(肯定か否定かという)二極的な返答の場合にしばしば見受けられる―のだが、可能性としては三部構成をなすと言えるだろう。

 上の三部構成は"initiation-response-feedback"(以下"IRF")というモデルで表され、具体的に下のような例が示されている(p.66)。

1 Doctor, I: And What's been the matter recently(それで、最近はどうですか)

2 Patient, R: Well I've had pains around the heart(ええ、心臓のあたりが痛いんです)

3 Doctor, I: Pains - in your chest then(痛い―胸が)

4 Patient, R: Yes(はい)

5 Doctor, I: Whereabouts in your chest(胸のどの辺ですか)

6 Patient, R: On the - heart side, here(心臓のある方です、ここが)

7 Doctor, F: Yes(そうですか)

8 Doctor, I: And how long have you had these for(それで、いつから)

9 Patient, R: Well I had'em a - week last Wednesday(えーと先週の水曜日から一週間)

10 Doctor, F: A week last Wednesday(先週の水曜日からね)

(訳及び発話番号は引用者)

 例にある一連の発話交換の中で、1-2及び3-4は二部でまとまりを見せているが、5-7及び8-10の連鎖では"feedback"として機能する発話も含めて三部から小単位をなしている。このように"feedback"として機能する発話を、Coulthard&Brazail(1992)は先行研究の定義に従って「フォローアップ」("follow-up")発話と呼んでいる1。

 発話交換の基本的な構造をIRFであると捉えることの妥当性は、今回の実習で作成したテキストの会話にも認められるだろうか。結論から述べれば、日本語による発話交換においてもこのIRF構造が典型であり、それはテキスト会話の自然性を検討することによって明確になると思われる。次節で具体的な検討を行うことにする。

 

2. テキスト会話の再検討

 担当授業でモデル会話を示す際、会話の集結部に不自然さを何度か感じた。テキスト作成時には気づかなかったことである。この不自然さの要因と、どうすれば自然になるかを検討していく。まず2.1ではテキストのモデル会話作成時に我々実習生が留意した点を述べ、発話交換に対する見方を振り返っておく。2.2で、具体的に不自然だと思われた箇所を指摘し、検討する。

2.1 モデル会話作成時の検討課題

 本実習では、実習生全員でオリジナルのテキストを作成した。もちろん既習のテキストや昨年度AET実習のテキストを検討して適宜援用したが、モデル会話はほぼオリジナルのものになった。モデル会話作成時に検討した主な側面は以下の三点にまとめられる。

 (1) 使用語彙、構文のレベル及び汎用性

 (2) 一文の長さ及び会話の長さ

 (3) 一文の自然さ、発話の流れの自然さ

 我々は、モデル会話の草案を検討する中で、上にあげた各側面が相互に関連していることを痛感した。小論の中心課題である(3)と(1)(2)との関連を述べておく。

 まず、会話の自然さを追求すると(1)「使用語彙、構文のレベル」は当然あがってしまう。学習歴ゼロの学習者を対象としたテキストであるから、使用語彙、構文は大幅に制限される。しかしテキストの会話をまさにモデルとして学習者に利用してもらいたいという狙いから、できる限り自然な表現を用いることに注意を払った。

 会話の自然さと(2)の「長さ」の側面を両立させるのはさらに難しく感じられた。実際の会話では、あいづちが多用されたり会話の開始部、終結部で儀礼的なやりとりが繰り返されたりする。つまり、情報提供に関わらない発話の連鎖が会話を長くさせているのである。例えば「ええ」「じゃ、失礼します」など、レベルの面では決して高くない発話ではあるが、モデル会話にそのまま反映させるとかなり冗長になってしまう。

 このような難しい作業であったが、我々は各モデル会話を最低2度修正し、ほぼ納得のいくものを完成させた。

2.2 各モデル会話の検討

 本実習では場面シラバスに従ったため、テキストの各課でもそれぞれ場面が設定されている。モデル会話の多くは個々の場面でAETと日本語母語話者とのやりとりを示したものである。以下、不自然であると感じられた会話を示し、考察を行う。

2.2.1 第1課

 第1課ダイアログ2の場面は「赴任先の中学校での自己紹介」である。下に、ダイアログの終結部を引用する。「さとう」は赴任先中学校の教師、「ジョン」はAETである。

 

  【会話T】(第1課Dialogue2 (p.2))

<職員室で>

 (前略)

1 Rさとう:こちらこそ、よろしく。

2 I    ジョンさん、おくには?

3 Rジョン:アメリカです。

(発話番号及びIRFの付与は引用者)

 

 上の会話の2-3はI-Rという連鎖である。この会話を実習生がモデルとして示す際、3「アメリカです。」という発話で終結するのは不自然であると感じられた。より自然にするためには、3に続いて例えば次のような発話が望まれる。

 (4)  4 F さとう:そうですか。

 つまり、会話Tでは終結部のフォローアップ発話が欠如していたために母語話者である実習生には不自然に感じられたと考えられる。この点から、発話交換が三部で構成されるというCoulthard&Brazail(1992)の指摘が適当であることが分かる。

 (4)に示した発話は決して理解の難しいものではない。ゼロ初級の学習者にとってあいづち的な発話が副次的な学習項目になるのはやむを得ないが、モデル会話として示しておけば、興味のある学生がこの部分に注目して使用することもできる。

2.2.2. 第2課

 第2課で設定した場面は「レストランで注文する」である。下の会話を見てみよう。

 【会話U】(第2課Dialogue1(p.5))

      (前略)

1I ジョン: すみません。

2I       あれは何ですか?

3R ウエイター:あれはカレーライスです。

4I ジョン: じゃ、あれください。

 上の会話では、まず1-2という発話連鎖の解釈が問題になる。1「すみません。」は呼びかけの機能を持つ発話であり、その返答("response")として次のような発話が考えられる。

 (5) 1'R はい。/え?

 ただし、我々は発話1のような呼びかけに対し、常に言語表現によって(又は言語表現を伴って)返答するわけではない。振り向くという非言語行動によって「返答」を行う場合もある。従って発話1に対する返答発話が見られないことだけで不自然にはならない。【会話U】を提示する際には、発話1対して非言語的な「返答」の行動を示せばよい。

 次に問題となるのは、発話4に対する返答が見られないという点である。発話4も発話1と同様、聞き手に何らかの行動を要求する発話である。発話4に対しては、通常次のような発話が続くであろう2。

 (6) 5R はい。/カレーライスですね。

 発話4-5という連鎖は、「命令(依頼)発話」−「承諾発話」という機能の連鎖を表している。命令(依頼)発話だけで集結している会話Uは不完全に感じられて当然であろう。

 学習者の立場から発話5の意義を考えてみる。命令(依頼)を表す表現は言語によってもちろん異なるので、発話4はモデル会話として示され、しかも学習項目になっている。一方発話5は、「承諾」を表す発話である。我々は「承諾」の意図を表す際、発話5以外に「うなずき」といった非言語行動をとることも可能である。「うなずき」は日本語だけに限らず「承諾」を表すという点で汎用性のある行動であろう。しかし本実習の学習者は成人であり、できる限り言語を用いた意思表示が望まれる。モデル会話の中にごく単純な発話5を補完することにより、発話交換を自然にする能力が少しでも習得できれば、我々の当初の実習方針に近づくと言えるだろう。

2.2.3. 第6課

 第6課の場面は「不調を訴える」である。下の会話Vで、「たなか」はAETジョンの赴任先中学校の教師である。

   【会話V

(前略)

1I たなか:どうしたんですか。

2R  ジョン:あたまがいたいんです。

3F  たなか:そうですか。わかりました。

4I  ジョン:すみません。

5I      じゃあ、失礼します。

6R  たなか:おだいじに。

 上の会話で不自然に感じられたのは、4-5という連鎖である。発話4は「謝罪」を表しており、通常この後には聞き手の返答が続くであろう。例を(7)に示す。

 (7) 4'R たなか:いいえ。

 発話4'は、テキストのモデル会話として是非入れるべきであったと思われる。学習者は、謝罪の表現としての「すみません。」や御礼表現としての「ありがとう。」などを日本語母語話者から言われたとき、適切に日本語で返答することが求められる。2.2.2に述べたことと類似するが、謝罪や御礼に対する返答も非言語行動として実現することがある。しかし、非言語行動とともにやはり言語行動も伴うことが望まれるであろう。

2.3 おわりに

 繰り返しになるが、本実習の目的は、AETである学習者が今後の日本での生活に最低限必要な日常会話が円滑に運用できるようになることをめざすものであった。既存のテキストを検討する中で、Dialogueとして紋切り型の表現が踏襲されているという特徴も見受けられた。我々の日常会話では、ごく単純な表現を多用して自然な談話の流れを維持している。例えば、「ありがとう。」の返答として「どういたしまして。」と続くのが自然な場面は、何に対する御礼であるかに左右される。道を教えてもらった御礼にたいして適切なのは、むしろ「いいえ。」など簡潔な表現の方であろう。

 ゼロ初級の学習者であるということ、8日間実質14時間という短期集中コースであるということなどから、中心的な学習項目に「会話の自然な流れ」という視点を実現させるのは容易ではない。情報量の多い表現が重要なのは当然である。しかし、ごく単純な発話を一つ盛り込むだけで自然さが上がるのであれば、採用することに意義があると思われる。我々実習生は、学習者にとって本実習のテキストがコース終了後も有用なものとなることを目指した。この点からも、"Initiation-Response-Feedback"という三部の連鎖を生かした自然なモデル会話を提示することが求められると言える。

 

参考文献

Coulthard, M.and D. Brazail(1992) "Exchange structure," in Coulthard, M. ed. Advances in Spoken Discourse Analysis. Routledge. pp.50-78.


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名古屋大学大学院文学研究科 日本言語文化専攻